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 祈り

最初の地震から3日が経ちました。
まだ救助を待っている方がいらっしゃいます。
どうか、できるだけ多くの人が生きててください、と願うのみです。

被災地の方々の不安や恐怖、悲しみを思うと
何もできないことがいらだたしく思えます。

ブロ友さんの安否確認は
anemoneさんむちこちゃんがまとめて下さってます。
「東日本地方大地震・ブログ管理者の安否情報」

anemoneさん、むちこちゃんどうもありがとう。


猫やしきがいつも拝読しているちきりんさんのブログ
この地震でご自分が体験されたことを書かれた
エントリを読ませていただきました。

こんな非常事態にあっても整然と思いやりの心を持って
行動する日本人の姿に胸が熱くなりました。
同じような光景はあちこちで見られただろう事は
想像に難くありません。
ちきりんさんのブログ「Chikirinの日記 : 03.11 大惨事とミラクル」はこちら・・・★




もう一つ
ニュースでも話題になっているThe New York Timesの記事です。
拙訳で恥ずかしいのですが
すこしでも励みになれば、と願っています。
原文はこちら・・・★



日本への同情、そして称賛

史上最悪の地震の後、今、私たちの心はすべての日本人とともにある。しかし、私がニューヨークタイムズ紙の東京支局長として日本に住んでいたとき(6000人以上が死亡、30万人が家を失った)1995年阪神大震災を取材した。私はこう付け加えなければならない:今後数日から数週間の日本を見ておけ、私たちもきっとまたいくつかの教訓を学ぶだろう。

これは日本政府が特に事態を上手く処理するということではない。1995年の震災時の政府の救助活動はまったく不手際きわまりなく、各国から送られた鎮痛剤の有用性や捜索犬の活躍によってその面目を失った。震災当初の混乱した数日間、人々が瓦礫の下でまだ生存していた時、政府の無能のために死ぬ必要のない人が亡くなった。

しかし、日本の人々は忍耐力と冷静さと秩序において本当にみごとだった。日本人がよく使う言葉で"ガマン"というのがある。英語ではぴったりあてはまる単語がないのだが“toughing it out”(耐え抜くこと)と言ったような意味である。そしてそれこそが神戸の人々が勇気と団結と共通の目的を持って行ったことであり私はそのことに畏敬の念を覚えた。

日本に住んでいる間、しばしば私は日本人の秩序と礼儀正しさに感心させられたが、神戸の震災の時ほどその思いを強くしたことはなかった。神戸港は完全に破壊され、市内いたるところの商店の窓が割れていた。私は略奪や救援物資の取り合いで激しいもみ合いになっている様子がないか探し回った。ようやく男2人に襲われたと教えてくれた店のオーナーを見つけて私はホッとした。いくぶんメロドラマチックに私は彼に次のように質問した。あなたは同胞である日本人が災害に乗じて犯罪を起こしてびっくりされたでしょう?今も思い出すが、彼は驚いて、こう言った。誰が日本人だと言った? あいつらは外国人だったよ。

日本人は、下層階級、被差別部落、韓国人を軽視する。しかし、他の国に比べ、極度に貧困が少なく、非常に高い共通の目的意識がある。中流階級が非常に多く、実業界の大物は儲けすぎと見られることを伝統的に恥じる傾向にある。その共通の目的意識こそが国の社会構造の一部であり、それは特に自然災害や危機の後には顕著に表れる。

大げさに言いたくはない。学校や職場でのいじめ、不法行為からの利益をかき集めるヤクザ、納税者から略奪するような政治家と大手ゼネコンの癒着など、日本人の礼節がこれらの問題を覆い隠している。しかし、神戸の震災後、そのヤクザが被災者に物資を与えるためのカウンターを設置したことは印象的だった。そしてこれまで日本の社会機構が分裂したことはない。

こういった冷静さは、日本語にも組み込まれている。人々はよく"シカタガナイ"と言う - どうしようもない、と言う意味である。そしてひとにかける言葉として最もよく使われる言葉のひとつに、"ガンバッテクダサイ" 、耐え抜け、強くなれ、と言うような意味である。自然災害は、日本の"ウンメイ"の一部だと考えられている。"ウンメイ"は「命」と「運ぶ」を組み合わせた言葉である。私は16世紀のイエズス会の宣教師の日記を読んだことを思い出した。壊滅的な地震に襲われた村で地震の数時間後には農民たちは自分たちの家を建て直しはじめたというのである。

辛抱強く、みんなで力を合わせて復興しようという力は日本人の魂に染み込んでいる。私たち夫婦は短期間だったが長男を日本の学校へ行かせた。小さな子供たち全員が真冬でも半ズボンで学校に行く光景を私は決して忘れないだろう。その考え方が性格を形成すると言うことだったが私は「子供に風邪を引かせるだけじゃないか」と思った。しかしそれは"ガマン"を植え付けるもう一つの努力だった。そして、その"ガマン"が日本が第二次世界大戦からの復興を助け1990年のバブル崩壊後の"失われた10年"に耐えさせたのだ。確かに、 日本人はもう少し不満を表した方がいいのかも知れない。そうすれば、政治家はもっと国民の声に敏感に反応するだろう。

要因の一つは、自然とのつきあい方に関係があるのかもかもしれない。アメリカ人は「自然とは、対峙し、飼い慣らしていくもの」と考えている。対照的に、日本人は、「人間は(歴史上の非常に多くの地震を含めて)自然の一部でありその流れに乗るだけである」と考えているということだ。 1923年の関東地震では10万人以上が死亡した。nature、「シゼン」という日本語は100年かもう少しさかのぼったぐらいの新しい言葉である。それまではこの概念を表現する必要がなかったのである。神戸地震の後のタイムズ紙のエッセイで私は同じような点について書き、日本の最も偉大な17世紀の俳人である芭蕉の俳句で締めくくった。

憂き節や竹の子となる人の果て

日本人の回復力と忍耐力には高潔さと勇気があると思う。そして、それは数日中に明らかになるだろう。日本の社会基盤の結束の強さや強靱さや回復力が発揮される時でもある。日本人は共に立ち上がるだろう。ワシントンやウィスコンシンで繰り広げられているような食うか食われるかのような二極化した政治とは対照的である。もしかすると私たちは日本からすこし学ぶべきなのかもしれない。私たちの思いは日本に向いている。私たちはこの痛ましい地震に深い同情を寄せるとともに心から称賛したい。


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17:45 | 未分類
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 人生、山あり谷あり

まあ、生きてるといろんなコトがあるなあ・・・

ここが「谷底や」と思てたら
途中で引っかかってただけでまだ下があったという・・・

せやけどようこんな状態でプチッと切れへんなあ。
伸びきったパンツのゴムは切れにくい・・・か?


何撮ってんの?
maruhi.jpg
ただいま変な写真収集中

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18:15 | 未分類
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